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氏 名
生 年 月 日
出 身 地
プロ入り
所 属
血 液 型
ライセンス
インストラクターライセンス
活動エリア
身 長
体 重
利き腕
記 録
公認パーフェクト(300)
800シリーズ
矢 島 純 一
1945年 8 月 1 4 日
東 京 都
1967年 第1期
オークラボウルチェーン
B 型
18
マスター
城南支部
177cm
82kg
右投げ
優勝回数41回
22回(プロ歴代1位)
7回(プロ歴代1位タイ)

そもそもボウリングが日本初めて公開されたのは、昭和27年東京青山に東京ボウリングセンターがオープンし、民間(ちょっとオーバーかな)人達が日本初の競技に興じたのが最初であった。 私が、最初にボウリングに出会ったのは昭和35年春先の事でした。 所は水道橋後楽園の一角に、8レーンのボウリングセンターがオープンし、当時高校1年の私は学友数人とボウリングなるものと対面したのである。 当時我々は、殆どお小遣いが無く全員の持分を集めても3〜4ゲーム程度でした。 あみだくじで、投球者を決めゲームを始めた・・・その中の一人が私でした。 生まれて始めての体験に少し興奮気味で、無我夢中で投げたスコアが186点、センターの人も仲間もまして本人もびっくり! 一見単純に見える競技。しかしレベルが上がれば上がる程、奥深くかつ繊細なこの競技に、私は40年人生を掛けて戦い続けている。

テンピンボウリング、即ち正三角形に10本のピンを並べて行う競技を考案したのはアメリカで、既に100年以上の歴史を持ち、ボウリングNO1大国である。 私が最初にアメリカに挑んだのは昭和41年1月の事でした。 ボウリングをされる方は、1〜2度はテレビ等でPBAのプロのダイナミックなフオームを見た事があるでしょう。 あのボールの回転と曲がりには驚かされることばかり、あの日以来、少しでも彼らの技術に近づきたいと日夜練習に励んだものでした。 毎年彼らにチャレンジしよう、毎年一つ何かを学んでこようと現在もこのチャレンジは続いています。

人生、順風満帆で終わるはずが無い、そんな予感がしたのは昭和42年2月のプロ創立記念大会の前、その衝撃的痛みが右手首に走った。 この日から腱鞘炎との辛くて長い戦いが始まった。 話せば長くなりますが、この持病でプロ公式戦を約3年近く離脱を余儀なくされた。 でも、この持病で大勢の方の暖かい応援を頂き、ボウリング人生に大きな転機を与えてくれたと、心から感謝、感謝!!
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